バランス能力は姿勢や動作の安定性を担う複合的な身体機能であり、神経系だけでなく骨関節系、さらには呼吸・循環系も含む身体全体がかかわっている。
そのなかで神経系は、感覚器を通して得た環境や自己の情報を統合し、状況に適した行動を選択し、運動器を介して運動として実現する機能を担っている。
そのため、神経系はバランス能力の中核を担う機能的要素であると考えられる。
◆運動制御からみたバランス能力
バランス能力の中核を担っているのが神経系による運動制御。
運動制御は粗大運動(姿勢の保持や歩行などの大きな運動)の制御と微細運動(書字や細工作業などの細かい運動)の制御に分けられる。

◆随意運動と姿勢調節の神経機構
神経系は感覚器から骨格筋に至るまでの情報の受容・伝達・統合機能を担っているため、神経系の障害はバランス能力の低下に直結しやすい。
運動関連領域から骨格筋に至る神経路が障害されると、筋出力の量的な低下である運動麻痺が起こる。
小脳や大脳基底核などにかかわる神経路が障害されると、運動麻痺は起こらないが協調的な運動が阻害される。
どちらの場合もバランス能力は低下するが、神経系の部位が担っている機能と部位間の情報伝達の視点からバランス能力低下の機序を理解することが重要。
また、神経系の障害によって二次的に起こる廃用性の筋力低下や関節可動域制限などの運動器系の障害もバランス能力の低下を招く。
◆外側運動制御系と内側運動制御系
脊髄の下行路は主に巧緻運動を制御する外側運動制御系(外側皮質脊髄路、赤核脊髄路)と体幹部や近位関節を制御する内側運動制御系(前皮質脊髄路、視蓋脊髄路、網様体脊髄路、前庭脊髄路など)に分けられ、バランスの調節には内側運動制御系が強くかかわっている。

◆神経系の階層構造からみたバランス能力の神経機構
姿勢反射とバランスに関連する機能

脊髄レベルの低位の姿勢反射をそれより上位のレベルの姿勢反射または姿勢調節機能が調節する。
上位の姿勢調節機能が疾患などで破綻すると、下位の姿勢反射が適切に抑制されず、伸張反射の亢進、屈筋・伸筋共同運動などの異常運動パターンが出現するとされる。
脳性麻痺や脳卒中などでは上位のレベルの神経機構が破綻し、下位の姿勢反射が過剰に出現して適切な姿勢調節ができない状態と解釈される。
◆時間軸からみたバランス能力にかかわる神経機構の働き

安定している動作が実行されるためにはこれらの4つの相のバランス調節が適切に行われる必要がある。
◆予測的姿勢調節と補償的姿勢調節
予測的姿勢調節…目的とする動作を実行する前に、動作を実行することによって生じる不安定性を補償したり、動作を円滑にしたりするために重心位置を調節する姿勢調節。
(例)台の上にある重い荷物を両手で持ち上げるときに重心位置を後方に移してから持ち上げたり、階段に脚を乗せるときに反対の脚に重心を移動させる。

補償的姿勢調節…姿勢を保っているときに急に押されたり、動作の途中で姿勢を崩したりした際に、安定な姿勢や動作に回復するための姿勢調節。
補償的姿勢調節には、支持基底面を変化させないで姿勢を安定性を回復する方法(足関節戦略、股関節戦略)
立位で不意に身体を押されて大きく姿勢を崩した際のように一歩足を踏み出して新しい支持基底面を作り安定性を回復する方法(ステッピング戦略)がある。

足関節戦略は支持面がしっかりしていて、支持基底面が大きいときにみられ、床反力によって重心を調節する方法。足圧中心制御に相当する。
股関節戦略は支持面が不安定であったり、支持基底面が小さかったりするときにみられ、股関節を中心に身体部位の位置関係を変化させて重心を調節する方法。身体重心制御に相当する。
予測的姿勢調節と補償的姿勢調節の相違

◆バランス能力と感覚機能
姿勢調節の参照基準として、鉛直軸(垂直方向)、支持基底面および安定性限界がある。
それに対して、実際の姿勢との差を検知し、その差を減少させる方向に姿勢を調節することが必要となる。
鉛直軸は視覚と前庭覚、支持基底や安定性限界は足部の圧覚や触覚、COPの位置は足部の圧覚、身体部位の相対的位置関係は体性感覚、身体の運動方向は視覚、前庭感覚、体性感覚から得られる。

視覚
身体と対象物との角度や距離の情報、建物や地面などからの鉛直軸や水平方向の情報、運動しているときは光学的流動による身体の運動方向や速度の情報が得られる
前庭感覚
鉛直軸に対する頭部の傾きの情報、頭部の加速度(並進運動)や角加速度(回転)の情報が得られる。
体性感覚
バランスの調整に関して、2つの意味で重要。
1つ目は身体の位置関係や肢節の運動の情報で、これによって身体部位の相対的位置関係や関節の運動方向について知ることができる。
2つ目は身体が接している部分からの情報。立位であれば足底が支持面と接しており、触覚や圧覚を通して支持面の状態(材質、滑りやすさ、硬さ、形状など)がわかり、足底の圧の分布からCOPの位置や重心の位置を推測できる情報が得られる。
感覚の再分配
状況に応じてどの感覚からの情報を姿勢調節の参照基準として用いるかが異なる。
暗闇の中では視覚情報を得ることができないので、前庭感覚で垂直軸を参照しながら壁などを伝って体性感覚を用いてバランスを保つ。脊髄後索に障害があり固有感覚が得られにくい場合は、視覚や前庭感覚からの情報を参照にバランスを保つ。脊髄後索に障害がある患者は常に下を向いて足元を確認しながら歩いたり、、踵を強く打ってその音を頼りに歩行したりすることもある。また、固定した物に軽く接しているだけでも、姿勢が安定する。
◆身体イメージと適切な運動の関連性
脳からの運動の指令を出す際に身体イメージを参照する。そして感覚を通して得られた運動の結果をみて、運動の指令を修正したり、身体イメージを修正することで、身体イメージが常に更新され、適切な運動が実行できる。活動性の低下、神経系の疾患による適切な運動指令の作成や伝達の障害、運動器系の疾患による筋出力や関節運動の変調は身体イメージに影響する。身体イメージの形成には運動指令(意図した運動)と運動した際の感覚(実現された運動)の比較が欠かせない。

バランス能力の維持・改善には動作の繰り返し練習が必要。
動作練習による神経系の活動が神経系の可塑的な変化をもたらし、運動記憶(身体イメージ、予測的姿勢調節や代償的姿勢調節など)として定着することがバランス能力の向上につながる。
その際、安定して動作を行えているときの感覚を経験し、その感覚を再生できることが重要と考えらえる。
ニューロリハビリテーションにおいて、課題の特異性、課題の難易度、練習の回数・頻度・期間、練習の継続、安心して主体的に練習できる環境などが運動学習の条件として挙げれる。
神経が関与するバランス能力の改善は運動学習そのものと考えられるので、こられについて考慮してリハビリを進めることが望ましい。
参考書:バランス障害リハビリテーション より抜粋。
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